2014年07月18日

バックパッカーズ読本見本&日台旅行史のことメモ

見本きました!

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保存版 バックパッカーズ読本 -

週末には書店に並ぶと思いますので、
よろしくお願いいたします。
本の紹介は、また改めまして。

さて本日は、前ちょっと触れました、日台の旅行事情について
自分用にメモメモ。
トラベルジャーナルの渡航自由化50周年記事書いた話をしましたが、
そのときに目にとまったのが、70年代の台湾関連の記事。

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私恥ずかしながら知らなかったんですが、日本と台湾の航空路線って
1年4か月の間、ストップしてたことがあったんだそうです。
理由は日中国交回復。

1972年、田中角栄首相が中国を訪問して日中国交回復となり、
同時に日華条約が失効。
さっそくツアーを取りやめた会社もあったみたいです。

1974年4月20日、日中航空協定が調印。
この日をもって、台湾政府の通達で中華航空は日本路線を停止。
日本の航空機の台湾上空の通過も禁止します。
これを受けて、日航は台湾路線の運航休止と、
東南アジア路線などの飛行ルート変更をします。
もともと、日中航空協定に反対していた台湾としては、
そのまま見守るわけにはいかなかった、ってことです。

これが解かれたのは1975年7月9日。
8月9日、日本アジア航空が台湾に飛び立ちました。
日本アジア航空?
そうなんです、日航じゃなくて日本アジア航空。
このときに調印したのは「民間航空業務の維持に関する取り決め」で、
台湾側は中華航空の運行再開で問題なかったんですが、
日航は日中航空協定のしばりがあって復帰できない。
と同時に、「国際定期運航は原則として日航が一元管理する」という
国の方針があって、全日空とかは参入できなかったそう。
なので、日航はそのためにわざわざ100%出資の子会社、
日本アジア航空を立ち上げて台湾に飛ばした、という次第。

へええ。

ただしこの間、日台の交流がなかったかというとそうでもなくって、
ノースウエストとかほかの航空会社を使えば飛べましたし、
そんなに渡航者数も減らなかったとか。
トラベルジャーナル紙にも、
「礼を欠いた日本に対して、終始大人な態度だった台湾に感謝したい」
といった意味のことが書かれていて、
中国旅行ブームのいっぽうで、
業界間の交流も深く続いていたんだなというのがうかがえます。
たぶんあいまいだった日本側に、怒らずにいてくれた台湾に感謝。
もう40年も前の話ですけど。

ということで、なんでこんなことを急に書いてるかというと、
国立博物館の特別展「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」
の開催前のドタバタを見ていて思い出しまして。
台湾側の「どんな事情でも筋は通させる」という姿勢と、日本側の中の人たちの頑張りで
白菜が無事に展示されて、しかも大盛況でよかったなあと。

近頃大人気の台湾。
ananの台湾特集もかわいかったですな。
こういう平和な交流が、ずっと続けられますように。

ってことで実は私も来週から行ってきますですよ、台湾。
楽しみー☆

posted by 山田静 at 00:38| Comment(0) | おしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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