2014年08月19日

台湾お礼参りと『セデック・バレ』の霧社へ。 その3「霧社」

さてあと1回だけ映画シリーズ続きます(興味ない人ほんとすいません)。

今度は「霧社」。昨日も書いた、霧社事件の舞台です。
霧社事件については、このページの一番下に載ってます。
(もっと詳しく知りたい方はいろんな本が出てますのでゼヒ。
日本人は知っといたほうがいい、と思う歴史のひとつです)
山間の交通の要所、といたところにあって、
埔里からのバスは、埔里→(1時間くらい)→霧社→(20分間くらい)→廬山温泉、というルートで走ります。
霧社までの便は20−30分に1本くらいでけっこう多い。
廬山温泉からのバスのドライバーさんはセデックの人で
「映画観て来たのだな」と喜んでアイスをおごってくれました。どうもどうも。

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バス停の周りはこんなん。さらにいなたい。
埔里とそんなに変わらないような感じでしたが、
高台から眺めると、

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なんとなく日本ぽくないですか。
街の造りの考え方というか、景観の作り方というか。
散策していてもそれは感じます。
ちなみにこの高台、「徳龍宮」という中国風寺院なのですが、
日本統治時代には神社でした。

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鳥居もある。
霧社事件のあと、この鳥居の階段のところに
蜂起軍の首が並べられた、とかなんとか恐ろしげな話も語られています。

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今は鳥居の横に猫がいるだけ。
というわけで、街のなかでは、あっちこっちで事件の名残が見学できます。
史跡で残っているというよりも、「ここが該当地点」と分かるようになってます。

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霧社事件で、最初の蜂起が起こった仁愛小学校は、電力会社の施設に。
(昨日も写真のせたような、案内ボードがたっています)

街の中心には、蜂起軍の記念碑が。

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映画『セデック・バレ』のメイキングを観てたら、
監督や役者さん(ほとんどが原住民の素人俳優)一同が
ここで祈りを捧げている光景がうつってました。

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敷地内にはモーナ・ルダオの像。
昨日マヘポ社で観た交通安全像とは違ってえらく立派。

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遊びに来ていた台湾人旅行者が、「これは誰だ」と説明をじーっと読んでいました。
台湾でも霧社事件ってあんまり知られていなかったそうで、
『セデック・バレ』のウエイ・ダーション監督も
事件のことをマンガで読んで驚いて、
なんとしても映画化する、と99年には脚本を書き上げていたそう。
資金集めに苦労しながら、『海角七号』がヒットしたことでなんとか実現した企画です。
ジョン・ウーやビビアン・スー、ジェイ・チョウなどが
製作や資金提供に力を貸したそうです。
ちなみにこの人が反日的かいうとそんなこともなく
(映画観るとそういう話じゃないのは分かりますが)、
『海角七号』はまた違った角度での台日関係を描いた名作です。
来年のお正月に公開される『KANO』も楽しみ。
台湾の高校球児たちのお話です(ステマじゃないよ…)。

ってことで、最後は日本人犠牲者のお墓も訪ねてみたのですが、

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がらーん。
統治時代には大きな墓碑があって毎年慰霊祭が行われていたそうですが、
今は放置されています。
小さな記念碑でもあるとよいのだけれどな、とは思いつつ、
手をあわせてきました。

これにて霧社探訪もおしまい。
1時間くらいでぐるっと歩けるので、立ち寄りおすすめです。
バス停の前に小さい食堂がいくつかと、
イートインできるセブンイレブンがあるのでご飯もトイレも大丈夫。

ではでは、次回でラスト。台北です。







posted by 山田静 at 19:26| Comment(0) | 旅のメモ(台湾) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月18日

台湾お礼参りと『セデック・バレ』の霧社へ。 その2「マヘポ社」(廬山温泉)

さて引き続き台湾ルポ。
埔里に1泊して、翌日は朝8時のバスでマヘポ社へ向かいました。
昨日からマヘポ社とか言ってますが、バスは「廬山温泉」行き。

そしてそもそもマヘポ社ってなんだよ、って話ですが、
『セデック・バレ』で日本人に反乱を起こしたセデック族の首長、
モーナ・ルダオの本拠地です。

<ちょっとおさらい>
日本は1895年から1945年まで台湾を統治しました。
ですが台湾の中でも民族構成は複雑で、平地は割とさっさと占領したものの、
古くから台湾に暮らしていた原住民族たちが
支配していた山岳地帯は攻略に大苦心しました。
なんだかんだで占領して、統治も長くなり平和になったと思いきや、
1930年に日本の開いた街のひとつ・霧社で
原住民セデック族の武装蜂起が起こり、大惨事となります。
映画公式サイトに分かりやすく事件のことが書いてあります。
↓映画はこの事件をもとに、占領時の戦いと蜂起の様子が描かれています。

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写真真ん中のおじさん、モーナ・ルダオが首領だった部落がマヘポ社。
武装蜂起したあと、戦いに加わった人々は周辺の山に潜伏し
ゲリラ戦を繰り広げました。
今はそんな呼び名もほぼ使われておらず、
温泉観光地「廬山温泉」として知られています。

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埔里からバスで1時間20分くらい、「廬山温泉」下車。
本数は多くないです。1時間に1本くらい。125元。
下車するとこんなボードや地図が。

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映画の大ヒット以来、大事なスポットには案内ボードができたとか。

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バス停から吊り橋を抜けていくと、温泉街に入ります。

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猫もいる。
温泉はあとまわしにして、地図にあった「古戦場遊歩道」なるルートを。

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一本道なのでそんなに迷わないんですが、

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わっ。
突然出てくるセデック族の像。道標のつもりらしいんですが、怖いよ…
1時間ほど歩くと、あ、このへんだ。

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マヘポ社です。イラストが描かれたお茶屋などがあるのですぐ分かる。
おおお、いかにも。

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おおお。
セットみたい(実際のロケ地は別のとこです)。
ずんずん歩いてくと、

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おおお。

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おおお……
…ここで…首が…すぱすぱと…狩られて!
(…しつこい…映画観てない方すいません(笑)
こういうとこで戦いと首狩りが行われたのだと感動中です←セデックは首狩りの風習が。)

と、ここまですたすた歩いてきたものの、実はいまいち標識とか明確でなく、
だいたいこのへん?と思いながら、
そのへんにいる人たち(セデック族が多いそう)に聞いたりして前進たまに後退。
とりあえず目標にしていた「古戦場」は、

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草ぼーぼーでした。
「あっちにも古戦場があるよ」と指さされた方に歩いて行った私が
5分後に立っていた場所はここ。

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…藪こぎをしながら戻ります。

でも、さすがにモーナ・ルダオのお墓は立派。

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手をあわせたあと、地図にあった「モーナ・ルダオの像」を探しました。
古戦場の近くにあるはずが、ないない、ない…と思って見かけた人に聞くと、
「あれだよ」

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!!
畑を踏み越え、草をかき分けながら近寄ってみると、

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交通安全のお人形かと思ったら…!
映画が台湾で大ヒットしたのは2011年で、ブームにのって造ったのだと思われ。
その後、畑の真ん中でそびえるままにしたのだと思われ。
モーナ…(涙

と、そんなこんなで全部で4キロくらいの「古戦場遊歩道」を
汗だくで行ったりきたりしながら満喫いたしました。
最後にマヘポの集落を振り返ると、

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犬たちがお見送り。おお、モーナの犬の子孫たち…
(ほんとすいません、浸ってるだけなので読み飛ばしてくださいw)

温泉街に戻ると、乗ろうと思ってた戻りのバスの時間が近い。
お湯につかってる時間もなさそうなので、とりあえず「源泉」だけ観に行くことに。
今日は台風のあとだし営業してないかも、と言われながら急ぎ足で向かうと、

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廃墟…?
実は廬山温泉、数年前の水害で大きな被害を受けていて、
今、営業している温泉宿も少なくなっているそう。
特に源泉のあたりは奥まっているので、この日は台風の影響でクローズ。
(にしてもこの廃墟感…!)
先ほどの吊り橋周辺にある、温泉街の中心部は
聞いていたより営業しているところが多くて、
観光客もけっこう来ていました。ちょっと入ってみたかったな。
マヘポのとこで個人経営の足湯だけ浸かってきました。

というわけで、マヘポ社探訪でした。
9時30分ごろから13時までの滞在で、だいたいぐるっと古戦場は回れました。
このあと霧社に立ち寄るつもりだったので少し急ぎましたが、
1日いたら、ここでお風呂入りたい。ただ食事はひとりだと困りそう。
オニギリやパンなど持参がおすすめ。あ、温泉は水着着用が多いですって。

そうそう、このあたり、自然も豊か。
蝶がたくさん飛んでました。

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帰りのバスでは、映画にも出てきた「人止の関」も車窓から見物。
(表示が出てます)
セデック族が最初の戦いで、山から攻撃して日本軍を阻んだとこです。
映画の場面↓
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ほんとに垂直の壁で、よくこんなとこで戦ったなと感心。

ってことで今日はここまで。
明日は霧社について。
posted by 山田静 at 20:24| Comment(0) | 旅のメモ(台湾) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

台湾お礼参りと『セデック・バレ』の霧社へ。 その1「埔里」

さて7月終わりに台湾に行ってきました。
(夏休みではありません、春にプチ入院いたしまして、
行き損ねた代わりなので春休みです。キッパリ)

本日はその1「埔里」。
前からブログでもツイッターでも熱く語っておりましたが、
台湾原住民セデック族と日本人の戦いを描いた映画『セデック・バレ』ファンの私、
昨年の「きっと、うまくいく」ラダックに続く舞台探訪であります。
(行きの機内で突然思いついただけですが)
ルートは台北→埔里→霧社→マヘポ社。
基地になる埔里へは台北からバスで3時間10分くらいなんですが、
なんですが。

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台風直撃。
台北からの直通バスがなくて、とりあえず台湾新幹線で台中まで移動。
そこから埔里/日月譚行きのバスを2時間まってようやく到着です。
朝10時に台北の宿を出て、到着16時ごろという。

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いなたい。昔は台北もこんな感じだったような。

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お寺…ではないか。

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鬼洗いとか(クリーニング屋かと思ったらカジュアルウエアのショップだった)

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ちっちゃい市場とかありました。
有名なのはお酒の工場ですが、今回は立ち寄る時間なくてパスです。

夜ご飯はゲストハウスのご主人おすすめの『時来運轉』

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煮てないカツ丼、故郷の山梨と同じスタイルで懐かしい。
(目玉焼きと青菜の炒めたのは台湾スタイルで山梨と違う)

で、夜はヒマなので郊外の温泉行ってきましたよ。
車で30分くらいかな。

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箱根温泉。「日本のをマネしました」と堂々とおっしゃっておられて、素敵。
宿泊施設もありますが、立ち寄り湯も可能。

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女性風呂の内風呂。この日は台風だし私とあとひとりくらい。

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外にはプールも。水着持ってたら入れますが、持参してないので断念。
泉質はぬるめで、なかなかあったまります。

ここに案内してくださったのは、温泉マニアでもあるゲストハウスのご主人。
この日は台風で他に一組しかいなかったのをいいことに
色々と頼らせて頂きました。ありがとうございます。
『Guest house Puli』です。

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…なんかすいません、台風による遅れまくりで写真まともに撮ってなくて…
個室ひとり1100元からで、清潔ですしwifi使えるし気楽でよいですよ。
日本人オーナーなのですが、ゲストは日本人より欧米・アジアが今は多いとか。
ここから、霧社へのアクセスとか色々情報をいただきました。
埔里を起点に、霧社はもちろん、
生き残ったセデック族が暮らしていた「川中島」にも行けるそうで、
ああ台風さえなければ行けた…(涙)

というわけで本日はここまで。
明日はマヘポ社編。

posted by 山田静 at 00:40| Comment(0) | 旅のメモ(台湾) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする